The History of the Handpan

I. 静かなはじまり

数ある楽器のなかでも、ハンドパンはもっとも新しい部類に入ります。けれど、その歩みは急ぐことを知りません。

広場に向かって響かせる楽器ではなく、ひとつの部屋のなかで、そっと寄り添うようにある楽器。叩くのではなく、触れる。その音は、自らを声高に名乗ることはなく――夕暮れ、障子越しに光がゆっくりと滲んでいくように、ひそやかに立ちのぼっていきます。

ここでお話しするのは、この楽器が生まれた背景、それを育んできた人々、そして日本という土地との、ひそやかな響き合いについて。

II. 耳を澄ませた、いくつもの声

ハンドパンの音には、いくつもの古い声が宿っています。

トリニダードのスティールパンは、打ち鍛えられた鋼が歌うことを教えました。インドのガタムは、手のなかに抱かれた土の器がいかに深く響くかを示し、西アフリカのウドゥは、息にも似た低音を分けあたえました。そして東アジアの銅鑼や梵鐘の伝統からは、静かに座する時間にふさわしい、長く尾を引く倍音が受け継がれています。

ハンドパンは、これらの遠い声に耳を澄ませながら、両の手で奏でられるひとつの楽器として、その形を結びました。

III. 2000年、ベルンにて

スイス、ベルン。
PANArt のフェリックス・ローナーとザビーナ・シェーラーという二人の工房主のもとに、ある打楽器奏者が訪れます。「膝の上に置いて、素手で奏でられる鋼の楽器はつくれないだろうか」――。

その問いが、すべてのはじまりとなりました。
鋼の半球を二つ丁寧に打ち、縁で合わせる。中心には深く沈むような基音を据え、その周りに、響きの場を巡らせる。完成した楽器は、ベルン地方の言葉で「手」を意味する「ハング(Hang)」と名付けられました。

その後の十三年間、二人は一台ずつ手仕事で楽器をつくり続けました。求める人にはまず手紙でその想いを綴ってもらい、それからベルンまで足を運んでもらう――そういう道筋でした。「つくり手は、買い手のために働くのではない。つくり手はただ、つくる。そして買い手は、そこに生まれたものに出会うために招かれる」――その姿勢が、最後まで貫かれていたのです。

PANArt によるハングの製作は2013年に幕を閉じましたが、その精神は世界各地のつくり手たちに、静かに受け継がれていきました。

IV. つくり手たちの、ちいさな円

2007年、アメリカの Pantheon Steel が「ハンドパン(handpan)」という呼び名を提唱します。やがてそれは、世界各地で生まれつつあった同種の楽器を指す総称として、つくり手と奏者のあいだに広まっていきました。

真のハンドパンづくりは、時間との対話そのものです。一台を仕上げるのに、数週間にわたる調律の時間を要します。急いで打たれた鋼は音程が定まらず、打ちすぎた殻は声を失う――そのいずれもが、許されないのです。

スイス、オランダ、スペイン、イタリア、アメリカ。世界各地に点在する、ごくわずかな信頼すべきつくり手たちは、量よりも質を選び、納得のいくものだけを世に送り出しています。

Handpan Studio Tokyo が扱う楽器は、そのちいさな円のなかから、一台ずつ選ばれています。

V. いまのかたち

今日のハンドパンも、ローナーとシェーラーが結んだ最初のかたちを、そのまま受け継いでいます。
ふたつの鋼の半球を縁で合わせ、中央には深く響く《ディン(ding)》という基音を置き、それを囲むように七つから九つの調律された音を配する。下面には、共鳴のための《グー(gu)》という開口部が、静かに開いています。

この構造は、さまざまな音階を受けとめます。D クルド、ケルティック・マイナー、アマラ、ヒジャズ、そして「あけぼの」――それぞれの音階が、それぞれの情景を運んできてくれます。広く響かせるための楽器、ひそやかに語りかける楽器、瞑想のための楽器、舞台のための楽器――用途もまた、ひとつではありません。

そして、この楽器のいちばん大切なところ。
ひとつの音階のなかには、間違った音がひとつもありません。手が触れたどの音も、必ず、ほかのすべての音と寄り添うようにできています。だからハンドパンは、はじめて触れたその日から、誰かと音を重ねあうことのできる楽器なのです。長い修練を経ずとも、合奏に加われる――多くの楽器がもたない、稀有な性質です。

ギターと、フルートと、チェロと、箏と、そして声と。ハンドパンは、合奏のなかで前に出ようとはせず、その静かな中央に、そっと座しています。

VI. ハンドパンと、日本の感性

ハンドパンの佇まいには、日本の美意識と響きあう何かが宿っているように思います。

― ハンドパンの音は、間を恐れません。むしろ、音と音のあいだの静けさこそが、この楽器の本当の声を支えています。

侘寂 ― 一台ごとに異なる槌の跡。長く奏でられるほどに、深まっていく声。完璧ではないからこそ宿る美しさが、この楽器にはもとから備わっています。

渋い ― 派手さよりも、時とともにゆっくりと姿をあらわす佇まい。はじめの一音よりも、五年後、十年後の一音のほうが、ずっと深く胸に届く――ハンドパンとは、そういう楽器です。

一期一会 ― 一台のハンドパンとの出会いは、なかなか軽い買い物にはなりにくいものです。たいていは、長くつづく関係のはじまりとなります。

これらは、外から重ねた比喩ではなく――ハンドパンという楽器の、もとからの性質なのだと思います。

VII. 私たちの仕事

Handpan Studio Tokyo は、世界のすぐれたつくり手の楽器を日本に迎え入れ、その音にふさわしい持ち主のもとへ、ていねいに届けるための場所です。

私たちは、楽器を売っているのではありません。引き合わせている、と思っています。信頼する工房から一台ずつ選び抜き、お渡ししたあとも、手入れや調律、奏で方について、長くお力になります。ワークショップや、少人数での試奏のひととき(プライベート・リスニング)も、随時ご用意しています。

東京のスタジオには、どなたでもお越しいただけます。ハンドパンを手にとり、その重みを感じ、ひと打ちで部屋の空気がどのように変わるかを、ご自身の身体で確かめてみてください。

愛をこめて

ラインアップ

四つの音色から、あなたの一台を。